千崎 千恵夫 内部の外
SENZAKI Chieo
2008年4月10日(木)~4月30日(水)
日曜休廊 12:00-7:00pm
Vernissage: 4/10(木) 5:00-7:00pm
秋山画廊 - アクセスマップ

毎日新聞(夕刊)’08年4月15日(火)
美術:野村和弘展/千崎千恵夫展 二元論的規範を超えた表現
たとえば生と死、聖と俗、美と醜といったように、物事に対して二元論的な思考を巡らすのは、いわば人間の専売特許というか特意技だ。だが、いつのころからか、この二元論的な区別自体の信憑性があやしくなってきた。人間のどこまでが生で、どこからが死かをめぐる医学上の難題などは、ほんの一例に過ぎまい。美術の美と醜にしたって、表現者の抱え込んだ矛盾の大きさを思えば、それを規範化し得るはずもなかろう。
野村和弘(1958年生まれ)と千崎千恵夫(53年生まれ)の新作は、その矛盾をつき動かす好個の作例である。 野村は、ちっぽけなトルソめいた九つの形と、同様のピンク色に覆われた二つをごろごろと床に並べた。向きや姿勢がさまざまということもあって、なまくらに見ただけでは別々の形としか映るまい。だが、それらは 正真正銘、同寸同形の代物なのだ。九つはブロンズ、二つはプラスチックと材質だけは異なるが。
元の形は、外国で買った動物をかたどった土産物の中で見つけた不良品らしい。作家の視線は、そこに映画「ジョニーは戦場へ行った」の手足を失った主人公の姿も呼び覚ます。それが、ジョニー=johnの女性名詞「johnna」というタイトルのいわれである。johnにして「johnna」であるそれは、男と女、聖と俗、そして同一と差異といった境界線を溶かしながら、未知の何かに至ろうとする生命体のようにも見えないか。
他方、「内部の外」と題した千崎の作品は、板材で囲った小屋構造と、その内外に配した小作品とから成る。見る者はまず、パラフィンにミニボトルや木枝、バラの生花や造花を封じ込んだ壁のレリーフに目を止め、小屋の中の通路を経て、奥の部屋に至らねばならない。手前に樹脂の塊を乗せた鉛筆画の絵巻物が広がるテーブル。背後の床の間に身体腹部の木彫レリーフと黒い矩形の染みを付けたワックスの3連画がみえる。
まさしく外も内も自然と身体、自然と人工物の混合世界である。「内部の外」とは、すべてがこのように人間化された自然を意味するのか。いや、諸要素の脈絡を抜いた非構成の作りこそが人間化を否定し、その人間化の外つまりは「内部の外」に立つ可能性を表明していると受け取れなくもない。ともあれ自然/人間の二元論に終始するうすっぺらなエコ・アートとは雲泥の深い思念をたたえた空間が、尽きない味わいを誘う。
野村展=26日まで東京。京橋3、南天子画廊(03.3563・3511)
千崎展=30日まで同・千駄ヶ谷3、秋山画廊(03・3401・9505)[三田晴夫]

