2010-03-04 18:56:22
実験的な二つの展覧会
鈴木繭子・大室佑介ーピント 焦点ー
今井大介・大室佑介ー眼の構造、あるいは重力ー
画廊空間の中に楕円形の白い空間を造り、そこに作品を展示すると言う企画を立て、建築家、大室佑介が白い楕円の壁(2・4メートル)と床をベニヤ板で作成、彫刻家の鈴木繭子が、そこでインスタレーションを展示した。
鈴木はこれまで場所性を生かした繊細な作品を発表してきているが、今回は空間自体に表情がなく、仮説空間であるため、関係性を持たせることが難しかったようである。
ホワイトキューブの中にホワイトオーヴァル、中に入ると楕円の上部と四角い画廊の天井との差が1メートル程あるので、微妙な揺らぎを感じ、目眩に似た不安な感覚に陥る。
鈴木の作品はその感覚と共振するように思えるが、しかし、やはり個展の場合と比べると双方が気を遣っている印象を受けた。
その後、大室はその楕円の壁と床を黒色に塗り替え、今度は彫刻家、今井大介が同じ場所に粘土で作品を創って展示した。
今井は白い空間も見ている。その際感じた歪みから、眼の構造について考え、本来倒立して存在する物を網膜で反転させてみている事から重力に考えが及んで、タイトルを決めた。 重力を視覚化する。 楕円の壁の最上部から垂れ下がる、襞のある布状の粘土の作品。 反対側の床にはやはり粘土の山が創られた。
白黒反転した楕円空間が、作品と渾然一体となって拮抗しているような印象が強かった。
今回、後半の黒い楕円空間は、特に予定していた訳ではなく、どちらかといえば思いつきで色を塗り替えてみたのだが、建築家、彫刻家双方にとって実験してみて良い結果となったようだ。
通常、美術館の壁は白、博物館のそれは黒、だそうである。
T/A
2010-02-17 15:52:14
中瀬 康志 −蜃気楼ー
中瀬は「消える作品が創りたい」と言っていた。
単に消滅する作品ではないだろう。 形態が背景に沈み、意識されない状態になって、そこから逆に鮮明なイメージが起ち上がってくる作品なのではないか。
今回は3点の作品が展示された。
中央の床にはパラフィンで聳え立つ雪山が創られ、その山麓に湖状のポケット、中に生きた金魚が蹲っている。
透明感のある白と赤の鮮やかな対比。 山の遠景と現実の金魚との遠近の対比。 (「消える風景」)
入口には見下ろす視点で、薄い鉄板の函にガラスの蓋、中に造花が敷き詰められており、その上に水盤が置かれ、パラフィンで蝋燭を思わせる形のものが寄り掛かっている。一見して追悼のイメージである。(「記憶の果ての果ての果て」)
目を奥の壁に転じると、見上げるように、中瀬のアトリエから見える風景や花など3枚の写真が重ねて展示され、その上や周辺に白と黒のペンキでドットが描かれている。(「夢の夢の夢の果て」)
一巡すると視点の変化(俯瞰させ、見上げさせ、正視させる)と時間の変化(過去「記憶」、未来「夢」)を意識させられる。 単に素通り出来ない、観る者を思わず立ち止まらせる作品になっている。
観者は、中瀬の言う「消える作品」を感じ取ってくれただろうか。
T/A
2009-09-14 16:02:38
久村卓 ―川路―
優しい作品。至極主観的な感想だが、展示空間に入った瞬間、私はそう感じた。
長野県飯田市の川路という場所から収集した事物が展示空間に並べられている。作者の話をうかがうと、元々は曽祖父の蔵が解体されるというので、その土壁の遺物ともいえるものを収集し、再構築するという行為から始まったらしい。
事物は年を経るごとに、記憶や感情が宿り、それ自体が強い存在感を持ち始める。水で溶かされた土壁の残滓は、各々のかたちを持ち始め、主張する。それに久村が細工を施し、あらたな機能を与えていく。
久村の作品全般に言えることかもしれないが、久村は記憶を一旦解体し、再構築しているのではないかと思う。それは以前あったものとは様相を変えているのかもしれないが、いわばそれは口伝のような人間の原初的な営みである。
この優しくもひそやかな営みが、これからも各地で続けられていくことを祈りたい。
清水彩
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